温暖化防止、シナリオ2050
温室効果ガス排出実質ゼロとは何か

トップ地球温暖化GHG排出ゼロとは何か




 2020年10月26日、菅首相は所信表明演説で、「温室効果ガス(GHG)排出を2050年に実質ゼロを目指す」方針を表明しました。まだ1月半しか経っていませんが、日本はGHGゼロに向かって動き出したことが感じられます。

 しかし、GHGゼロの世界の構築がどれほど大変なことなのか、真面目に考えたことがある人は、それほど多くないと思います。筆者が公開している下記PDFの5章を転載し、GHGゼロがどのようなことなのか紹介しました。

   常識的に考える日本の温暖化防止の長期戦略 (7MB)

 日本には、GHGゼロのシナリオはまだありません。それにも拘わらず、世界のGHGゼロについて記載したのは、温暖化が世界全体の問題だからです。この問題で少し先行しているEUも、EUだけGHG削減を行うつもりなどないと思います。


5. GHG排出ゼロとは何か
 本章以降は、GHG排出ゼロやGHG80%削減の問題を扱います。それが如何に困難であっても、異常気象の恒常化のように、温暖化被害が温暖化対策の経済負担を越えることが確実になれば、対策を実施しないわけにはいきません。
 パリ協定で合意された2℃未満の温暖化防止のためには、GHG排出をゼロにすることが必要と言われます。また、日本は2050年までにGHG排出を80%削減し、今世紀後半の早期にGHG排出を実質ゼロにすることになっています。
 GHG排出実質ゼロとは、大気中からGHGを吸収することも含め、排出量と吸収量の合計をゼロにすることです。それがどれ程大変なことか、充分に理解されていないように感じます。GHG排出ゼロを達成するには、世界を変革することが必要になると私は考えています。

5. 1. 現状のGHG排出内訳
 図-5.1は、IPCC の5次評価報告書に記載されている2010年のGHG排出量を示したものです。非CO2を含めた世界全体のGHGについて、統計的に積み上げたデータはないでしょうから推定値です。
 化石燃料の燃料利用と工業プロセスの原材料利用により排出されるCO2は、GHG排出量全体の65%に過ぎません。従って、石油・石炭・天然ガスの使用をゼロにしても、GHG排出量は直接的には65%しか減らないのです。



CO2(FOLU)
 図-5.1にCO2(FOLU)とあるのは、Forestry and Other Land Useの略で、林業及びその他土地利用のことです。森林が開墾され畑地などに土地利用が変更された場合、樹木などの地上および地下の部分に蓄えられていた炭素量が変化します。例えば、伐採された樹木を焼却すれば直ちにCO2が排出され、長期間をかけて腐朽してもCO2が排出されます。
 林業及びその他土地利用の変更により、樹木等の形態で蓄えられていた炭素の量が減少すればCO2の排出、逆に増加すればCO2の吸収と算定されます。化石燃料由来のCO2ほどには正確に把握されていないようですが、そのようなCO2排出量が11%あるということです。
 この種のCO2の排出国のほとんどは、熱帯の発展途上国です。概して先進国は、現在は森林等によるCO2の吸収国ですが、嘗て豊かになる過程で森林から農地への土地利用転換を多かれ少なかれ行ってきました。

非CO2のGHG
 図-5.1では、非CO2のGHGとして、メタン(CH4)が16%、亜酸化窒素(N2O)が6.2%、フッ素を含むガス類が2%含まれることを示しています。
 図-5.2には、1990年と2005年の排出量で、排出源の情報を含めデータを示しました。同データは、IPCCのデータをもとに、米国環境省(EPA)が推定したもののようです。1990年から2010年まで、微増したと推定されていますが、正確なデータなど入手できないでしょうから誤差範囲と言えるでしょう。



 フッ素を含むガス類としては、HFCs、PFCs、SF6、NF3の4種が表示されています。それらは主に、HFCsはエアコンなどの冷媒、PFCsはIC製造過程での使用や溶剤、SF6は電気絶縁特性を利用してガス変圧器やガス遮断機などでの利用、NF3はIC製造でのエッチングガスとして利用されています。それらの排出量は、CH4、N2Oに比べて少ないので、後者に絞って記載します。
 CH4の排出源はエネルギー分野、農業、廃棄物分野、N2Oは主に農業分野を排出源としています。エネルギー分野から排出されるメタンは、化石燃料の生産・消費が無くなれば、ほとんど無くなることが期待されます。一方、農業や廃棄物分野から発生するCH4とN2Oは、先進国と発展途上国の両方から排出されているため、削減は厄介です。



 表-5.1に、CH4とN2Oの具体的な排出源を示しました。CH4の最大排出源が家畜の腸内発酵(いわゆる牛のゲップ)であるのは驚きです。ゲップの少ない牛や羊の品種改良も行われていると報じられますが、データの信頼性にも少し疑問を感じます。稲作やその他農業分野の排出量が多いのは、日本にも関係していますが、発展途上国の関連が大きく、排出削減の困難さが窺われます。
 CH4は廃棄物の埋め立てや排水からも発生します。有機物が主体の生ごみを埋め立てると、嫌気性バクテリアが分解してメタンが発生します。EUでは温暖化防止の観点で、ごみの埋め立て処分を禁止する指令が出されています。しかし、世界的に見ると、日本のようにごみを焼却処分しているのは少数派です。発展途上国の比重が大きい問題であり、解決は簡単ではありません。
 N2Oの最大の発生源は農業土壌であり、窒素を含む肥料が土壌中で微生物により変換される過程で副生物として生成するもののようです。N2Oの排出削減対策としては、施肥管理の適正化が言われています。
 農業と廃棄物分野を排出源とするCH4とN2Oは、世界のGHG排出量のおよそ15%を占め、排出源が広く分布し、発展途上国も大きく係わっているため排出削減には困難が伴います。

5. 2. 化石燃料が無い世界
 化石燃料を無くしても、上記のようにGHGは65%くらいしか減少しません。しかし、GHG排出ゼロを目指すなら、先ずは、化石燃料由来のCO2を無くすことが第一でしょう。
 なお、正確には化石燃料をほとんど無くすと言うべきです。温暖化防止に関し、CO2の回収・貯留技術(CCSやCCUS)が検討されています。詳しくは6章に記載しますが、火力発電のボイラ排ガスなどから、CO2を回収し、地下1,000 m以深の帯水層などに貯留するものです。CCS等の経済性や安全性が思惑通りなら、現状のCO2排出量の10数%を回収・貯留することが想定されています。従って、GHG排出ゼロであっても、現状の化石燃料の生産・消費がある程度残る可能性があります。但し、化石燃料の需要が大幅に減少したら、価格は暴落するでしょうから、化石燃料の経済的重要性は失われるでしょう。

化石燃料無しに想うこと
 GHGゼロが最近盛んに言われるのですが、一方で化石燃料が使われなくなることはほとんど聞きません。化石燃料は相変わらず重大ニュースです。最近もイランで世界3位の大油田が発見されたこと、ロシアから中国へパイプラインによる天然ガスの供給開始、ロシアから欧州への天然ガスパイプラインの建設、米国が世界一の産油国になったことなどが報じられています。マスコミは化石燃料が使用されなくなることなど夢想もしていないようです。もしかしたら、マスコミはGHGゼロとはどのようなことか理解していないのかもしれません。
 世界エネルギー機関(IEA)は、2019年11月に発表した世界の石油需要見通しで、下図のように、石油需要は2030年以降横ばいになり、2040年まで需要減少は訪れないと予測しています。



 GHGゼロの困難さを理解しているIEAは、多くの国が2050年までにGHG排出ゼロを本当に実行するか、信じていないのかもしれません。
 先進国の現在の豊かさは、産業革命以降、石炭、石油、天然ガス、そして原子力とエネルギーを大量に消費することに支えられたところが大きいと考えます。化石燃料を無くする場合、それに代わる適切な対策を講じなければ、現在の豊かさは失われることになるでしょう。化石燃料を無くすことは、極めて大きな社会の変革です。

化石燃料の輸出国
 化石燃料が無くなった世界について、思い付くままに書いてみます。石油・石炭・天然ガスの輸出に財政を依存している国はかなりあり、大きな影響を受けるでしょう。
 表-5.2に化石燃料の輸出額が大きい30か国を示しました。名目USドルによるデータです。輸出と輸入がある国は、輸入額を差し引き正味輸出額として示しました。石油、天然ガス、石炭の合計輸出額とGDPの比率を併記しています。




 化石燃料輸出額が最大の国はロシアです。GDP比で10%を超える額であり、それが無くなったら、ロシア経済に対する影響はかなり大きいと思われます。温暖化による気温上昇でロシアは、永久凍土の融解など不都合なこともあるでしょうが、概して好ましい面も多いのではないでしょうか。余程代わりの条件でも示さない限り、ロシアが化石燃料を手放すことはないだろうと思われます。
 カナダやオーストラリアの化石燃料輸出額は大きいのですが、GDP比で3%台であり、国際世論が化石燃料ゼロに向かえば、それに同調すると思われます。
 問題は発展途上国です。GDP比の化石燃料輸出額が20%を超える国が多数あります。化石燃料をゼロにしたら、それらの国の多くは財政破綻し、飢餓、難民が発生することでしょう。発展途上国の多くは、飢餓から脱して、今より豊かになろうと努力している最中です。化石燃料ゼロは、それに反することです。加えて、これまでGHGを大量に排出してきたのは発展途上国ではなく先進国です。
 それらを考慮すれば、化石燃料ゼロに移行しても、発展途上国が今より豊かになれるスキームが不可欠であると私は考えます。


化石燃料の輸入国
 化石燃料の輸入国でも、原油タンカー、石油受入れ基地、ガソリン・スタンドなど多様な石油関連施設は不要になります。LNGやLPG施設も同様です。石油や天然ガスを原料としている石油コンビナートは、工業プロセスの大幅な変更が必要になるでしょう。石油などを原料とするプラスチックは、恐らく無くならないでしょうが、石油コンビナートが存続するか疑問です。
 巨大な石油メジャーは、総合エネルギー企業に変わろうとするでしょうが、遥かに貧弱な企業となるでしょう。都市ガス産業は水素産業に変容するかもしれませんが、都市に張り巡らされた都市ガス配管網は、水素用に転用することはできず、そのまま廃棄されるでしょう。化石燃料を原料に使用している鉄鋼業、セメント業などは、化石燃料を使用しない生産プロセスを開発し、プラント設備を新設することが必要になります。
 化石燃料を使用しなくなっても、エネルギー需要が無くなる訳ではありません。再生可能エネルギーによる発電設備の大幅な増強が必要になります。変動する太陽光や風力発電のため、膨大な容量の電力貯蔵設備が設けられ、送電網の増強も必要になるでしょう。発電電力量の季節変動対策として、電力-水素変換の長期電力貯蔵設備が設けられるかもしれません。
 自動車などの移動設備は可能な限り電動になります。大出力で長距離を走る大型貨物トラックでは、バッテリーが大きくなり過ぎるため、別途の対策が必要になるかもしれません。ガスを燃料としていた消費者用の機器も電気機器に変更されます。その他にも、温室効果ガスの排出をゼロにするための変更は、種々社会全体に及びます。
 膨大な人達が従来の職を失い、新たな仕事を探すことになります。高齢の人は、嘗て1960年代に石炭から石油へのエネルギー転換に伴い、日本で起きた炭鉱の閉山とそれに伴う労働争議を覚えているでしょう。その種のことが、遥かに大規模に世界中で進行します。
 温室効果ガスの排出ゼロに伴う新規の設備投資は膨大なものになるでしょうから、能力のある人が仕事を探すことに苦労しないかもしれません。しかし、しわ寄せは常に弱者に及びます。
 このような変化に対応できない国、地域、企業、そして多くの個人が生じます。世界的に強力な支援の枠組みが必要になるでしょう。
 GHG排出ゼロを唱える環境保護の人達は、どのように考えているのでしょうか。概して先進国の人達である環境保護主義者は、豊かさをある程度犠牲にして、自分だけが温暖化の被害から免れられればよいと考えているのでしょうか。

化石燃料無しに移行するには
 各国が独自に化石燃料の無い社会への移行を進めることは無駄ではありませんが、それでは世界全体のGHGをゼロとする目標は達成できないでしょう。発展途上国には、技術支援、経済支援が不可欠ですから、各国がバラバラに実施するのではなく、世界的な計画に従い実行すべきものと考えます。
 先ず、化石燃料が無い世界全体の姿を明確にした上で、そこに移行する実行計画を立案することになります。そのためには、IPCCとは別に、この大問題を検討する国際的組織が必要になるでしょう。
 国際的組織で検討されたプランは、世界各国による協議、調整、合意を経て実行されることになるでしょう。実行計画を決定するだけでも、大変な労力と時間を要することになります。化石燃料の無い社会に移行するためには、恐らく、数10年を要することになると思います。今から本格的に検討を始めても、2050年には間に合わないでしょう。
 化石燃料が豊富な国は、それを使用しないことになります。再生可能エネルギーの豊富な国は、自国の対策は相対的に容易に実施できるのですから、発展途上国に対してより多くの経済支援を行うことが求められるでしょう。化石燃料の無い社会へ移行は、大きな経済負担を伴う変革ですから、負担の公平性が重要になります。

中国とインドを例に
 発展途上国が化石燃料ゼロへ移行するのは容易ではないと思います。中国とインドを例に思うところを記します。図-5.3に、中国とインドの人口一人当たりのGDPの推移を示しました。1990年代初めまで、中国もインドも共に非常に低いGDPでした。しかし、中国はその後、鄧小平の改革開放政策により、文化大革命の後遺症から立ち直り、2002年のWTO加盟を経て急速な経済成長を遂げました。



 図-5.4、図-5.5に、中国とインドの一人当たりのエネルギー消費量とCO2排出量の推移を示しました。中国はエネルギー消費を拡大させ、CO2排出量を増加させたことで、経済成長を遂げたことが理解できるでしょう。




 表-5.3には、日本や米国との比較を示しました。一人当たりのGDPでインドの約5倍の中国も、日米と比べると、2014年実績で日本の約1/5、米国の約1/7です。



 恐らく、北京や上海などの大都市は、先進国並みの豊かさになっているものと思います。エネルギー消費やCO2排出量は、先進国の平均を超えているかもしれません。しかし、広大な中国には、未だ貧しい人々が沢山おり、一人当たりのGDPの平均では日本の1/5になってしまうのでしょう。中国社会を維持するには、大都市と地方の大きな経済格差を解消することが不可欠です。今後、中国は成長率が低下しても、経済成長を続けることが必要でしょう。
 一方、インドの技術政策レポートで、なぜ、中国とこのように大きな経済格差が生じてしまったのかと、嘆いている記述を目にしたことがあります。近年、中国の経済成長に陰りが見えてきたのに対し、インドのGDP成長率が中国を超えるようになりました。インド旅行をすると多くの貧困を目にしますが、やっと豊かな中間層の形成が始まったのだと思います。中国もインドも経済成長を続けつつ、GHG排出ゼロを求められることになります。
 発展途上国は何処でも、まともな政権なら今よりも豊かな社会になることを目指していると思います。先進国は産業革命以降、石炭、石油、天然ガス、そして原子力と、エネルギーを大量に消費することで、豊かさを達成してきました。化石燃料を無くすることは経済成長に反することです。発展途上国が経済成長を続けつつ化石燃料を無くするには、支援の枠組みが必要でしょう。

5.3. 脱炭素エネルギー
再エネ・原子力・CCS
 化石燃料を無くしても、エネルギー需要が無くなるわけではありません。そのため、CO2を排出しない脱炭素エネルギーを利用することが必要になります。脱炭素エネルギーとしては、再生可能エネルギー、原子力、そして、CO2の回収・貯留付き(CCSやCCUS)の化石燃料利用が主なものです。
 CCS付き火力発電などを脱炭素エネルギーと呼ぶのには異議があるかもしれませんが、同様の機能を果たすものとして、本書では脱炭素エネルギーの一つとして扱います。CCSについては、主に6章に記載しました。関心がある方は、このページの最初に紹介したPDFの6章を参照して下さい。
 水素はCO2を排出しないエネルギーですが、ほとんどの場合、水素は何らかのエネルギーを利用して製造される2次的エネルギーです。脱炭素エネルギーを利用して水素を製造すればCO2を排出しませんが、化石燃料を利用して水素を製造すれば、水素製造過程でCO2を排出することになります。ここでは、水素については記載しません。

発電コスト検証WG
 脱炭素エネルギーについて考える場合、主な問題点となるのが発電コストです。先ず、現状の発電コストを紹介することから始めることにします。
 日本の発電コストの情報としては、発電コスト検証WGの報告が広く認められ、良く整理された情報と思います。東日本大震災後の2011年に出された報告を、2015年に安全対策費等見直し、発電コストがアップした報告が出されています。2014年と2030年モデルプラントの試算結果が報告されていますが、現状のコストとして、下記に2014年モデルプラントの資料を示しました。



 同資料の発電コストには、追加的安全対策費、CO2 対策費、事故リスク対応費、政策経費などが付加され、複雑なコスト構成になっています。なお、政策経費とは、発電事業者が発電のために負担する費用ではないが、税金等で賄われる政策経費のうち、発電に必要と考えられる社会的経費と説明されています。具体的には、原子力の場合は立地交付金、固定価格買取制度のある再生可能エネルギー電源の場合は、優遇された買取価格による利潤分です。原子力と固定価格買取制度のある再生可能エネルギー以外の電源については、政策経費は0.01~0.04 円/kWhと比較的小さい値です。
 各電源技術の本来の発電コストの意味合いから、固定価格買取制度の対象の再生可能エネルギー電源については、政策経費を除いた発電コスト、原子力その他の電源については、政策経費を含めた発電コストで、以下に2014年モデルプラントの比較を示します。
 従来型電源として基準になる石炭火力が12.3円/kWh、LNG火力が13.7円/kWhです。石油火力は30.6~43.4円/kWhで、最早石油は発電燃料に使うには高過ぎるということです。
 原子力は追加的安全対策費や事故リスク対応費用を含んだものですが、10.1円/kWhと石炭、LNG火力よりも低い発電コストです。

再生可能エネルギー
 再生可能エネルギーについて、発電コストを含め手短に紹介します。一般水力は11.0円/kWhと石炭火力よりも発電コストが低いのですが、国内にはダム建設立地は、ほとんど残されていないでしょう。
 以下は固定価格買取制度の対象電源で、政策経費を除いた発電コストを示します。小水力は規模により20.4~23.6円/kWhと高いのは、kW当たりのメンテナンス費用が高くなるためでしょう。また、小規模発電を膨大な基数建設することで、まとまった電源比率とすることは困難でしょう。
 バイオマス専焼は28.1円/kWhと高く、廃木材などが安価に入手できる場合以外は、経済的に成り立ちません。バイオマス混焼は12.2円/kWhですから、バイオマスを膨大に入手できなくても、安価に入手できるなら、混焼する意義があると思います。
 地熱は10.9円/kWhと安価ですが、地熱賦存量が乏しいことが問題です。国立公園法による規制を緩和すれば、ある程度増加の余地があるでしょう。但し、地熱熱水中のシリカの析出によるパイプの詰まりの問題があり、火力発電のように安定的に使える設備ではありません。過去に開発が行われた大深度地熱なら、賦存量は増加するでしょうが、発電コストも高くなることでしょう。
 風力(陸上)は15.6円/kWhで、再生可能エネルギーとしては低い発電コストです。但し、これは現状の風力発電が設置されている風況の良い立地での発電コストです。残念ながら日本には、風況の良い立地は限られます。洋上なら風況の良い立地があるのですが、2030年モデルプラントの風力(洋上)は20.2~23.2円/kWhとされています。なお、これも着床式の洋上風力のコストです。着床式は水深50mまでと言われ、日本には遠浅の近海は少なく立地が限られます。浮体式の洋上風力は、発電コストは更に高くなり、新たな方式が開発されない限り、実用化は難しいと思います。
 太陽光(メガ)は21.0円/kWh、太陽光(住宅)は27.3円/kWhです。2030年モデルプラントでは、太陽光(メガ)は11.0~13.4円/kWh、太陽光(住宅)は12.3~16.2円/kWhまで低下すると想定されているようです。太陽光発電は、晴れの日でも発電するのは1日の1/3に過ぎません。昼間のピークロード用なら理に適っています。総発電電力量の数10%を担う主要電力として使用するのには、昼夜の不均衡対策として蓄電池をセットで使用することが不可欠です。リチウムイオン電池を備えた場合、発電コストは倍増します。その場合にも、季節変動分の長期大容量電力貯蔵を別途に考えることが必要になります。
 その他、発電コスト検証WGの検討に含まれていないものとして、潮力や波力発電がありますが、特別に適した立地以外には実用化は難しいでしょう。
 再生可能エネルギーは、どれをとっても否定的な評価になってしまいます。しかし、化石燃料を止めると決め、日本で火力発電を代替するとしたら何に依存すべきでしょうか。水力や地熱発電は、電源構成の数%程度しか増加の余地はないと思います。
 バイオマスの実用性は、燃料を安価に入手できるかに掛かっており、主要電源となるのは難しいでしょう。6章に記載するように、バイオマスはCCSと組み合わせて、大気中のCO2を回収貯留する機能が中心となるかもしれません。
 世界全体の2018年推定実績で、再生可能エネルギーによる発電の63%は水力発電です。風力発電が19%、太陽光発電が9%、バイオマスが8%の順になっています。世界的に見ると、今後の再生可能エネルギーの拡大には、風力発電が大きな役割を果たすことになるでしょう。しかし、日本はそうならないでしょう。
 風力発電は、恒常的に風が吹く場所でなければしようがありません。長さ40~50mのブレードの風力発電を山岳部に運搬し設置することは多くの場合困難です。日本周辺の洋上には風況の良い場所はありますが、水深50mまでと言われる着床式風力発電を設置できる遠浅の海は限られ、漁業権の問題や船舶航行の問題もあります。日本では、風力発電にそれほど多くを期待できません。
 太陽光発電は2030年モデルでは、火力発電に近い発電コストになると予測されています。大量の太陽光パネルを設置する場所の問題はどうにかなると思います。最大の問題は、太陽光発電の大きい発電変動であり、基本的に電力貯蔵設備(バッテリー)とセットで使用することが必要でしょう。バッテリーは太陽光発電設備と同じくらい高価なものです。電力貯蔵の必要量を如何に少なくできるかが実用化の鍵になると考えます。水力やバイオマスなどの再エネ発電の変動運転で、太陽光発電の短期の発電変動をできるだけ平準化し、原発の運転により太陽光発電の発電量の季節変動を補うことにより、バッテリーの必要容量を小さくできるかが課題であると考えます。
 高い電源比率の太陽光発電が実現できるかは、原発を含めてその他の電源との組み合わせ利用に掛かっていると考えます。

原子力発電
 原子力について詳しく記載するだけの知見はありません。また、東日本大震災による福島第一原発の災害を経験し、多くの人が原発を撤廃したいと考えるのも尤もと思います。原発に関連して一つだけ記載します。
 表-5.4に、2018年の化石燃料国別輸入額ベスト5を示しました。日本は天然ガスと石炭の輸入額で世界一です。石油は中国、米国、インドに次いで第4位です。中国やインドは、人口が日本の10倍ですから、比較の対象になりません。



 現代社会でエネルギーは不可欠のものですが、日本は化石燃料をほとんど産出せず、大量の化石燃料を輸入することで社会が成り立っています。平時は資金さえあれば問題ないのでしょうが、国際紛争や自然災害などにより化石燃料輸入が途絶えるリスクがあります。そのため、安定供給の観点で石炭、石油、天然ガス、原子力とエネルギーの多様化を図ってきました。

 化石燃料の使用が無くなった世界は、どのような社会になるか正確には想像し難いものです。しかし、再生可能エネルギーに全面的に支えられた社会は、世界トップの化石燃料輸入に依存する現在の日本よりも、エネルギーの安定供給の点でもっと脆弱になると思われます。せめて、再生可能エネルギーと原子力を併用することが望ましいと考えます。