2050年の気候変動は発展途上国に左右される②
Climate change in 2050 will depend on
developing countries


田中雄三 2023.1.4
トップ地球温暖化発展途上国




2021年5月に温室効果ガス(GHG)ネットゼロのロードマップを発表したIEAは、「2050 年ネットゼロエミッションへの道のりは狭く、それを維持するには、利用可能な全てのクリーンで効率的なエネルギー技術を迅速かつ大規模に展開する必要がある。」と記載しています。専門家なら、GHGネットゼロは不可能ではないとしても、極めて困難であると認識しています。

本稿①で、2050年世界のGHG排出量は各国がかなり頑張っても、現状の半減くらいの可能性が高いという筆者の考えを示しまた。本稿②では、主に中所得国について電源の低炭素化・脱炭素化の可能性と、GHG削減の支援策、2050年世界のGHG排出量が半減程度の場合の対応について示します。

現状世界の電源概況と脱炭素化
GHG排出ネットゼロは、エネルギー消費を低減し、消費エネルギーを電力化し、消費電力の低炭素・脱炭素化を図ることが基本です。なお、各種対策の実行はこの順序とは異なります。

図-8に2019年の前記グループの電源状況を示しました。世銀データベースには島嶼国など小国や地域を含みますが、IEAのデータベースに収録されている国の範囲でデータを集計したものです。参考として、日本の値も付記しました。

 
図-8で、中国は1国で発電電力量が非常に大きく、その65%を石炭火力が占めています。自国で産出する安価な石炭に全面的に依存したためです。その結果、前稿図-2に示したように、GHG排出量が急増しました。経済成長のため、産業基盤である電力の料金を低く抑える意図があったものと思います。

インドの発電電力量は、中国に比べまだ随分少ないのですが、石炭火力の比率は73%に達しています。中国と同様に自国で産出する石炭に多くを依存したものです。インドの人口は2023年には中国を上回ると推計され、今後電力需要も増大すると考えます。2019年現在、GHG排出量は中国、米国に次いで世界3位ですが、いずれGHG排出量で中国と競うことなるでしょう。

GHG排出削減の比較的容易な方法は、石炭火力を減らすことです。図-9に、石炭火力が多い国を示しました。中国、インド以外の中所得国で、石炭火力がGHG排出の大きな問題になる国はありません。それでも、図-8に示される中所得国の石炭火力は、今後の経済成長などにより増加することでしょう。

 
日本の石炭火力の比率は31.5%と高く環境団体から非難されますが、1970年代の石油危機の経験から、エネルギーの安定確保のためにエネルギーの多様化を図っているためです。ロシアのウクライナ侵攻では、その政策の妥当性が示されました。しかし、GHG実質ゼロのためには、いずれ石炭火力を減らさなければならないでしょう。なお、EU-28でも石炭火力の比率は15.4%とかなり残っています。

EU-28の原発比率は25%、EUを除いた高所得国の原発比率は14%です。概して原発は、高所得国、BRICs、旧ソ連圏の一部などが保有しています。それらの国を除く中所得国には、今後も原発は広く普及しないと思われます。設備管理能力が乏しい国々に、中国製原発が普及したら脅威です。

水力発電は水力資源があることが前提になりますが、一般に発電コストが低いため優先的に開発されています。そのため、残されている水力資源はそれほど多くないと思います。

風力発電と太陽光発電の導入は全般にまだ少なく、図-6では明瞭でないため、表-2に発電量比率を示しました。日本を除くと、ほとんどで太陽光発電より風力発電が多くなっています。風況の良い立地の問題もありますが、風力発電の発電コストが低いことが影響していると思います。風力と太陽光の合計比率は、GHG削減に熱心なEUと、経済的に余力があるグループが高くなっています。

 


低所得国の人口比率は約9%で、High income modif.とほぼ同じですが、図-8の発電電力量は認識できないほど少ない水準です。この点からもGHG排出削減について、低所得国は考慮する必要がほとんど無いと言えるでしょう。

先進国での風力・太陽光
中所得国での風力や太陽光発電について述べる前に、先進国での状況を示します。電力供給量が不足していない先進国で、GHG削減のために風力発電や太陽光発電が設置されると、電力供給能力が過剰になります。

風力発電等の運転が優先され、火力発電が停止されるため、火力発電の設備利用率(capacity factor)が低下します。風力発電等の導入が進んでいるEU-27では、現状の石炭火力の設備利用率は30-35%程度に低下しています。

その設備利用率を基に算出された発電コストは、石炭火力が風力発電よりかなり高くなります。その事実をもとに、石炭火力は座礁資産であるとの指摘もみられます。しかし、例えば偏西風の蛇行による風況の悪化や、雨天が長く続き、風力発電等の出力が大幅に低下した場合、座礁資産はバックアップ電源の役割を果たします。


中所得国での風力・太陽光
中所得国(発展途上国)は、著しくはないとしても今後も経済成長を続け、電力需要が増加するでしょう。電気自動車など消費エネルギーの電力化は、それを加速します。

電力供給の不足を避けるため、発電設備の増強が必要になります。そのために、風力発電や太陽光発電を選択した場合、天候状態により発電電力量の低下が起きます。電力不足による停電を避けたいなら、バックアップ対策が必要になります。

対策として安価な方法は、火力発電によるバックアップです。しかし、中所得国が、風力発電等とバックアップ火力の2重投資をするとは考えられません。なお、風力発電等の電源比率が数%なら、短期間の電力不足は電源余裕分でカバーできるかもしれません。しかし、発電変動の点から、風力発電等が比率20-30%以上を占める基幹電源になることは、中所得国がかなり豊かになるまでは考え難いと思います。

再生可能エネルギーは発展途上国に適しているという主張を見かけます。その趣旨は、大規模な火力発電は多額の設備投資が必要で、発電電力量も多過ぎる。風力や太陽光発電を少しずつ導入するほうが発展途上国には適しているというものです。しかし、それは電力供給が充分でない比較的貧しい国を想定したもののように思われます。

一方、本稿で注目しているのは、GHG排出量や人口が多い中所得国で、具体的にはUpper-middle incomeの国では中国、ブラジル、メキシコ、タイ、トルコ、南ア、ロシアなど、Lower-middle incomeの国ではインド、インドネシアなどを想定したものです。今後も経済成長を続け、電力需要が増大すると考えられる国々です。


中所得国でのガス火力
経済負担が比較的少ない低炭素化の方法は、石炭から天然ガスへの転換です。天然ガスを自国で産出している場合はよいのですが、中所得国が天然ガスを輸入することはそれほど簡単ではありません。

LNGの最大輸入国である日本の場合、長期契約により産出国側に液化プラントが建設され、専用のLNG船を用意し、国内に低温タンクを設けてLNGを輸入しています。図-8にLNG輸入量上位国を示しましたが、本格的LNG輸入は一般に高所得国か中国、インドのような大国に限られています。

一方、パイプライン経由で輸入する天然ガスはLNGより安価ですが、第三国を通るパイプラインの建設は厄介です。また、国際紛争が起きた場合に、パイプラインが遮断されるリスクもあります。中所得国がGHG削減のため、石炭火力からガス火力へ転換することはそれほど簡単ではありません。


中国・インドでのガス火力
中国やインドは発展途上国として、安価な石炭エネルギーに依存して経済成長に努めてきました。しかし、GHG排出大国として、今後はGHG削減を強く求められるでしょう。

先ず、経済的負担が少ない石炭から天然ガスへの転換が行われると思います。今回のロシアによるウクライナ侵攻により、欧米がロシアからの石油、天然ガスの輸入を取り止めたのは好都合と考えていることでしょう。ロシアからパイプライン経由によりディスカウント価格で天然ガスを購入できるようになるためです。両国が必要とする天然ガス量は、ロシアの生産量をかなり上回ると思います。

中所得国のネットゼロは期待薄
高所得国の排出量の90%以上を占める国々は、2050年までGHGネットゼロ目標を公表しています。日本を含めそれが可能かは甚だ疑問ですが、現状の排出量よりかなり低減することでしょう。

中国は現状世界1位のGHG排出国であり、一人当たりのGHG排出量もEUや日本と同水準に増大しており、GHG排出削減に努めないわけにはいかないと思います。

2023年に人口で世界1位になると推計されるインドは、今より大幅に経済成長した上で、GHG削減に取り組むと考えられ、2050年のGHG排出量は現状よりかなり増加すると考えるべきです。

その他の中所得国は、現状世界のGHG排出量の約1/3を排出しており、今後も緩やかであっても経済成長を続けると考えられます。

その内Upper-middle income modif.の国は、GHG排出量が多い順にロシア、ブラジル、メキシコ、南アフリカ、タイ、アルゼンチンなどで、その小計は同グループの70%以上を占めています。GHGネットゼロは経済的に大きな負担となると考えられ、経済成長しつつ達成することは困難でしょう。

中所得国の残りはLower-middle income modif.の国ですが、現状人口1人当たりのGHG排出量は、高所得国に比べて遥かに少なく、GHG削減のインセンティブが働かないでしょう。


中所得国の支援策
世界がGHG削減に熱心に取り組んでも、2050年世界の排出量は現状の半減くらいで、中所得国の排出削減に掛かっていることを上述しました。排出削減に熱心な人は、中所得国の効果的な支援策を考えるべきです。また、GHGネットゼロを目指して技術開発に取り組んでいる人は、その開発技術が2050年に必要とされない可能性が高いことを認識すべきです。

中所得国の排出削減支援策から記載します。経済的に成り立つ省エネなら、無駄になることはありませなん。その種の技術は1970年代の石油危機以降、日本企業が行ってきたことです。技術情報を集め、発展途上国向きにアレンジした上で、経済性評価手法とともに提供すべきです。先進国が分担して行う発展途上国の支援として、日本が優先して担当すべきです。

太陽光発電などの再エネ導入のために、先進国が発展途上国に資金援助することは、効果的とは思われません。発展途上国が発電能力増強のため太陽光発電などを導入する場合、天候による発電量低下対策として、バックアップ火力などの二重投資が必要になることを前述しました。

それを避ける対策として、先進国の資金で発展途上国の国々が利用する国際幹線電力網を作り、先進国が運転管理も行うことを提案します。国際電力網は、長距離送電による電力損失を低減する工夫が必要になるかもしれません。また、電力網には各国が共通的に使用できる少数のバックアップ火力を設けたらよいと思います。その設置場所はCCSが利用できる立地にすべきです。

国際電力網による発電需給の地域的平準化と共用のバックアップ火力により、発展途上国が独自に設けるバックアップ電源を大幅に減らすことができます。


GHGネットゼロの前段階では、石炭から天然ガスへの燃料転換が必要になります。多くの発展途上国にとって、天然ガスを輸入することが簡単でないことを上述しました。先進国が国際的な幹線パイプラインを建設し運転管理することで、発展途上国が天然ガスを輸入し利用する支援ができます。

中所得国によるGHG排出削減を効果的に支援することは簡単ではありませんが、知恵を出さなければ2050年世界のGHGネットゼロは達成できません。



2050年に役立たないネットゼロ技術
温室効果ガスの削減目標が6%などの時代には、経済性を考えて排出削減コストの低いものから順次実施されました。しかし、2050年実質ゼロを目指すことになると、今排出されている温室効果ガスは、排出削減コストが高くても、非常に困難なものを除いて全て削減しなければなりません。

実際日本はそのように動き出しています。しかし、2030年代後半には、その先世界がかなり頑張っても、世界全体の排出量は現状の半減くらいしかならないことが見えてくるかもしれません。上述のように、データはその可能性が高いことを示しています。

2050年世界のGHG排出量が現状の半減程度なら、ネットゼロ達成を目標に開発された技術の多くは2050年に必要なくなります。2080年か2100年には必要になるかもしれませんが、2050年までに建設された設備は、2080年には時代遅れになるでしょう。また、30年以上稼働しなかった設備が使用できるかは疑問です。

先進国だけでもGHGネットゼロを達成すべき、という意見もあるでしょう。しかし、世界全体を考えれば、先進国でのネットゼロの費用を使えば、発展途上国で随分多くのGHG排出量の削減ができるのですから、その方が合理的です。

必要無くなる技術として、例えばCO2の回収貯留(CCS)は、貯留コストが低い立地しか利用されないでしょう。天然ガスの水蒸気改質にCCSを加えて製造されるブルー水素も影響を受けるでしょう。水素エネルギーシステムは、ネットゼロで想定される規模の1/3くらいに留まるかもしれません。

航空機燃料のバイオケロシンや、外航船舶のディーゼル機関燃料のアンモニアの利用も、デモンストレーション程度に留まるでしょう。

鉄鋼業の水素還元製鉄も先進国では導入され始めても、発展途上国ではほとんど導入されず、そのため鋼材の製造コストに違いが生じます。鉄鋼に限らず多くの分野で、この種の製造コストの違いの問題が生じ、その解決策に関して先進国と発展途上国の対立が生まれます。また、鉄鋼や重化学工業の発展途上国への移行が加速するでしょう。

GHGネットゼロを目標に技術開発に取り組んでいる人は、2050年に世界でその技術が使用されるかも考えるべきです。また、商用設備の建設は慎重にすべきです。


おわりに
パリ協定が求める2050年GHGネットゼロは、産業革命以降、石炭、石油、天然ガス、原子力と250年に亘り築いてきたエネルギー社会を、僅か30年で大変革することです。大きな変革には、それを達成する困難さに加え、副作用と呼ぶべき大きな問題が派生することを歴史は示しています。パリ協定の実行については、多面的な検討が必要であり、本稿もその一つです。


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