解説:グリーン成長
環境と経済成長の両立は可能か
(その2)


田中雄三 2022.2.24
トップ地球温暖化グリーン成長2




           目 次
  (1) グリーン成長理論の国際的支持者
  (2) 経済成長と資源・環境のデカップリング
  (3) 資源使用と経済成長
  (4) CO2排出削減と経済成長
  その2
  (5) なぜ、グリーン成長が必要か
  (6) グリーン・インフレーション
  (7) 日本の対応
    ① デフレ脱却
    ② 外需:国際競争力で絞込
    ③ 内需:国民負担の軽減

解説:グリーン成長は、環境と経済成長の両立は可能か」から続く

(5) なぜ、グリーン成長が必要か
なぜ、グリーン成長という考えが現れたのでしょうか。気候変動対策として排出量実質ゼロが必要で各国政府が政策として推進する場合、経済成長に反するものでは具合が悪いと考えられたためのようです。日本は長期デフレで経済成長が無いことに慣れてしまいましたが、多くの国では経済成長は当然のことと考えられています。

しかし、GHG排出量実質ゼロは極めて困難な課題で常識的に考えれば、先進国は豊かさをある程度犠牲にし、発展途上国は経済成長を大幅に遅らすことでしか達成できないと思われます。筆者もブログなどにはその旨を記載してきました。実質ゼロは、全ての国民に大きな影響を及ぼす問題ですから、いつまでも国民に誤解を与えるような説明を続けているようではでは困ります。

例えば、EUの機関であるの欧州環境庁は、「変化のための物語」と呼ばれるシリーズの1つとして下記出版物を出しています。経済成長を地球規模で環境影響から絶対的にデカップリングすることは無理であろうと考え、経済成長以外の成長を考えようという主旨のようです。
Growth without economic growth, 13 Jan 2021


(6) グリーン・インフレーション

グリーン成長という表現は、排出量実質ゼロが経済成長に繋がるという誤解を与えますが、上記のようにグリーンであることは経済成長を抑制する方向に働きます。しかし、実質ゼロの達成には膨大な開発投資と設備投資を要しますから、企業にとってビジネス・チャンスであることに間違いないと思います。但し、実質ゼロの膨大な投資は、本来必要とされる医療、福祉、防災、インフラ補修などの投資を圧迫することを考慮する必要があります。

グリーン成長でもう一つ考慮しなければならない重要な事項は、実質ゼロに関連したインフレの問題です。最近、greenflationという造語を見るようになりました。現在生じているインフレは、新型コロナが少し下火になり、需要が回復したことによるエネルギーなどの需給ギャップによる価格高騰です。しかし、2050年に向けCO2排出削減の進展につれ、構造的に多くの資源や製品の価格が上昇を続けると考えられます。

グリーン・インフレーションを発生させる要因は、①急速な脱炭素化に起因する需給ギャップにより発生する価格上昇、②温室効果ガス排出に対して課される炭素税の導入による価格上昇、③脱炭素のための企業の製造プロセスの開発、設備投資、および、原燃料変更のコストアップによる製造コスト上昇、の3つに分けられます。

①については、例えば、EVへの転換による銅、電池原料のリチウムの需要急増による価格高騰などで、グリーン投資を見渡せば多くの資源や製品の価格上昇が予測されると思います。②の炭素税は脱炭素化を促進する政策として導入されるものです。EUなどでは導入されていますが、日本でどの程度導入されるかは不確かです。

③はCO2削減が続く限り価格上昇も継続すると考えられ、影響が大きい問題です。例えばCO2排出量が多い高炉製鉄では、鉄鉱石をコークスに代え水素で還元するプロセスなどの技術開発が行われています。それらが実用化され実設備として導入されると、既存の製鉄所の過半の設備を作り変えることが必要になります。また、製造過程でCO2を排出しない水素(グリーン水素やブルー水素)はコークスよりかなり高価で原料費もアップします。鉄鋼の製造コストは30%上昇し、また、ガラス製造では溶融窯の脱炭素化などで製造コストが20%上昇するという試算もみられます。

航空機燃料は脱炭素化のため、最終的にバイオまたは水素ベースの合成ケロシンに代わると考えられます。大型船舶の燃料はブルー水素などから製造されるアンモニアになる可能性が高く、舶用主機の換装も必要になります。そのため、輸出入製品・資材の輸送費が上昇します。農業分野でも例えば、ハウス栽培の熱源は料金が上昇する電気に変わり、電動トラクターへの買い替えが必要になります。窒素肥料も、ブルー水素からアンモニアを経由して合成されるためコストが上昇します。

2050年に向け、基礎資材、エネルギー価格、輸送費が上昇するのですから、ほとんど全ての製品コストが上昇します。

なお、将来は常に不確かで、グリーン・インフレーションが永続する可能性は低いという考えもあるようです。再生可能エネルギーが多く使用されるようになり、人々が従来の習慣を変えるにつれ、生産と需要の好循環は最終的にグリーン投資の収益を改善し、コストを削減するはずという考えです。例えばEVは、2025年以降内燃機関車と同等の価格に達するという予測もあります。また、製品の製造コストは明らかに増加しますが、製品コストは、その最終価格の一部しか占めていないという考えもあるようです。


(7) 日本の対応
上述のようにグリーンであることは経済成長に繋がるものではありません。脱炭素のための膨大な投資はビジネス・チャンスですが、その他の公共投資を圧迫します。加えて、長期のインフレが進行する可能性が高いと考えます。それでは日本はどうすべきか、以下に筆者の考えを手短に記載しました。

①デフレ脱却
アベノミクスで異次元の金融緩和を実施しても、物価上昇率2%を達成することができませんでした。しかし、今後日本でもグリーン・インフレーションが長期に続くものと思われます。経済問題は筆者の専門ではありませんが、グリーン・インフレをコントロールすることで長期のデフレから脱却する機会とすべきです。

②外需:国際競争力で絞込
脱炭素化のための膨大な投資については、外需と内需に分けて考えることが必要です。外需である製品やプラント輸出では国際競争力が重要になります。先進国や新興工業国はどこでも、脱炭素化の世界的に膨大な投資を経済成長に利用することを考えています。英国が公表したグリーン戦略「Net Zero Strategy: Build Back Greener, 2021年10月」には、これをグリーン産業革命の機会にするとし、雇用創出についてしつこく記載しています。日本も経済産業省が中心になり「2050年カーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略」をまとめていますが、国際競争に勝ち抜くには、日本が相対的に強い技術・製品分野に絞って強化することが重要です。

日本経済を現在牽引しているのは自動車産業です。しかし、内燃機関エンジンが電気モーターに代わることで、10数msの短時間の間歇燃焼で燃焼効率と環境問題をクリアーしてきた技術が必要無くなります。自動車メーカーは精一杯努力を続けるでしょうが、日本の強みは徐々に失われることでしょう。

かつて日本はソニーに代表される段ボール箱に入る電気製品に強みを持っていましたが、今やそれは自動車に変わりました。自動車の次に日本経済を支えるとしたら、更に技術の集積度が高い設備であり、その次はMicrosoftやGoogleに代表されるようなソフト技術になると思います。

自動車に代わる脱炭素化技術として原子力発電に期待していました。プラント建設費の安さでは中国に及びませんが、信頼性で日本は勝っています。先進国は中国の原子炉を導入しないでしょう。日本国民が原発を受け入れないのは残念なことです。

③内需:国民負担の軽減
脱炭素化の内需については、国民負担を軽減することが重要です。企業は脱炭素化のための製造プロセス変更について経済性を考慮します。しかし、一般国民に脱炭素化の経済負担を軽減する手段は限られます。

一般世帯での脱炭素化の経済負担は、EVへの買い替え、屋根設置の太陽光発電、その後に夜間電力蓄電設備の設置、恐らく太陽熱温水器の屋根設置と温水貯蔵設備も必要になるでしょう。また、住宅の断熱強化、省エネ家電への買い替えが必要になります。寒冷地では通常のエアコンは機能しないため、石油暖房に代わる方法が求められるでしょう。住宅の断熱強化の改造補修は経済負担が最も大きなものとなり、窓開口部などの断熱基準をどうするかは重要な問題です。それらの経済負担は1世帯で1千万円を超えることになると思われます。政府が温暖化防止を呼び掛けても、どれだけの国民が応じられるかは不確かで経済負担の軽減が重要になります。

先進国の中で日本は、1人当たりの脱炭素化の経済負担が最も高い国の一つになると思います。代表例は太陽光発電です。図-1はIRENA(国際再生可能エネルギー機関)発行の「再エネ発電コスト2020」に掲載される主要国の住宅用太陽光発電の設備費で、図-2は2019年の総発電電力量に占める太陽光発電の比率です。太陽光発電の導入が進んだ国のなかで、日本の住宅用太陽光発電の設備費が非常に高いことが分かると思います。2020年の値は1USD = 110円で換算すると、ドイツが17.7万円/kW、イタリアが14.9万円/kWに対し、日本は24.1万円/kWです。また、再エネ電力買取制度(FIT)に関する調達価格等算定委員会の報告「令和3年度以降の調達価格等に関する意見」によれば、住宅用太陽光発電設備費の2020年平均値は28.6万円/kWと記載されています。インドや中国並とはいかなくても、国情が近いドイツと同程度になってもらいたいものです。





2030年の温室効果ガス46%削減のため、太陽光発電の大幅導入が想定されています。恐らく、日本の太陽光発電の比率は世界一になるでしょう。しかし、このように高価格のまま太陽光発電を導入させられたのでは国民はたまりません。太陽光発電の高価格が是正されないなら2030年の削減目標など無視し、再エネ推進者が言うように太陽光発電の価格が大幅に下がるなら、2040年頃に一気に導入すればよいと考えます。

概して、日本製品の工場出荷価格は国際競争に晒されるため妥当なものです。しかし、現地工事を伴う設備費は、多くの場合、流通過程の中間マージンが多いため国際水準より高くなっています。例えば、新築住宅の寿命は約50年、太陽光発電設備の寿命は25年前後ですから、太陽光発電を1度更新することが必要になります。その場合、太陽電池モジュールを交換するだけの安い工事費で済むような設備規格も制定すべきです。政府は脱炭素化の内需に関し、諸外国での価格を調べ分析し、適正価格となるよう各種基準を作成し業界を指導すべきです。