解説:グリーン成長
環境と経済成長の両立は可能か


田中雄三 2022.2.24
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          目 次

  (1) グリーン成長理論の国際的支持者
  (2) 経済成長と資源・環境のデカップリング
  (3) 資源使用と経済成長
  (4) CO2排出削減と経済成長
  その2
  (5) なぜ、グリーン成長が必要か
  (6) グリーン・インフレーション
  (7) 日本の対応
    ①デフレ脱却
    ②外需:国際競争力で絞込
    ③内需:国民負担の軽減

温暖化は確かに進行していると考えます。また、限りある化石燃料をいつまでも使い続けることはできませんから、再生可能エネルギーへの転換が必要と思います。

2050年に温室効果ガス(GHG)排出量実質ゼロを表明した先の菅政権は、温暖化への対応を制約やコストではなく、経済成長の機会と捉えるべきとし、「経済と環境の好循環」によりグリーン成長を実現し、「2030年で年額90兆円、2050年で年額190兆円程度の経済効果が見込まれる。」としています。

産業革命以降250年続いた化石燃料が支えた社会を大変革するものですから、膨大な開発投資と設備投資が必要になることに間違ありません。しかし、それが経済成長と言われれば納得いかない方も多いと思います。

本稿では、グリーン成長に関する多数の研究をレビューした下記文献の情報を紹介しました。結論を言えば、標記の問に対する答えはNoですが、それでは日本はどうすべきか、最後に筆者の考えを記載しました。
Is Green Growth Possible?
Jason Hickel, Glorgos Kallis, New Political Economy, April 2019


(1) グリーン成長理論の国際的支持者
グリーン成長理論の主な制度的支持者は、OECD、国連環境計画(UNEP)、世界銀行で、2012年の国連持続可能な開発会議(リオ+20)の前後に報告書を発行しています。IPCCの5次評価報告書(AR5)が発行される時期のことです。気候変動対策を推進するには、経済成長と両立すると主張する必要があったものと想像されます。

グリーン成長に関する世界銀行の定義は最も弱く、成長による環境への影響を「最小限に抑える」ことを目指しています。OECDは、資源と環境サービスを「維持」しようとしているという点でわずかに強力ですが、影響を減らす必要はありません。

UNEPの報告書では、環境への影響と生態系の不足を減らし(生物多様性の維持など)、「自然資本の再構築」を求める点で最も強力な定義を提供しています。なお、自然資本とは、経済学の資本(生産の原資・手段)の概念を自然に対して拡張したもので、生態系サービスや鉱物資源・化石燃料の供給源のことです。

3つの組織は、グリーン成長を達成する仕組みについて、技術の変化と代替が経済の生態学的効率を改善し、政府が適切な規制と奨励策でこれを促進することで達成できると一致しています。


(2) 経済成長と資源・環境のデカップリング
UNEPは世界気象機関(WMO)とともに、気候変動を評価する機関としてIPCCを設立した国連組織です。国連事務総長が気候変動問題に熱心なのは、世界各国の総意を反映したものというより、UNEPの考えを代弁しているということでしょう。

UNEPの主張で、資源効率の高い経済への移行での重要な概念はデカップリング(分離)で、経済的価値の創出を天然資源の使用と環境への影響から切り離すことを求めます。グリーン成長は、経済成長を資源の使用と環境への影響から完全に切り離す必要があり、単に最小化するだけでは不充分とされます。

それに対し、次の疑問が生じます。絶対的なデカップリングは可能ですか?もしそうなら、地球環境を維持するのに十分な速度で可能ですか?グリーン成長を推進する3組織の報告書のいずれも、可能である証拠を提供していません。


(3) 資源使用と経済成長
経済成長の指標はGDPですが、資源使用量を測定する一般的な指標は「天然資源等投入量(Domestic Material Consumption, 略称DMC)」です。国内の経済活動のために消費した国産・輸入天然資源及び輸入製品から輸出量を差し引いた合計量です。GDP/DMCは、経済の「資源効率」を示すために用いられています。多くの国でGDPはDMCよりも速く成長しており、相対的なデカップリングが達成されています。

しかし、DMCは輸入品の生産と輸送に伴う資源・エネルギー消費の影響を含みません。そのため、先進国が生産の多くを発展途上国に外注しているグローバル経済では、材料消費が先進国から発展途上国にシフトしています。その材料消費を元に戻した研究報告では、特定の国が消費する総資源の影響を「マテリアルフットプリント(MF)」と呼んでいます。その場合、デカップリングの状況は違ってきます。Figure 1. のように、米国、英国、日本、OECD、EU-27は、DMC(化石燃料を含む)とGDPの相対的な分離を達成した一方で、マテリアルフットプリントMFはGDP以上の速度で増加していることを示しています。



世界規模では、Figure 2. (a) に示されるように、資源の使用は着実に増加しています。GDPと資源利用の関係は、Figure 2. (b) のように、20世紀の間はGDPが資源使用よりも速く成長していましたが、2002年から2013年までの10年間は​​、世界の材料使用が加速していることが示されています。世界経済の資源効率は21世紀に低下しています。

 

経済が製造業からサービス業に移行するにつれ、資源集約度が低下するという議論があります。しかし、世界銀行のデータによると、世界のGDPに占めるサービスの割合は、1997年の63%から2015年には69%に増加していますが、世界の材料使用は加速し世界のGDP成長率を上回っています。

GDPと資源利用の絶対的な分離が、短期的には可能であることを示唆しています。しかし経験的データは、最良のシナリオの政策条件の下でさえ世界規模で経済成長と資源消費のデカップリングは実行可能ではないし、長期的に維持することは物理的に不可能なことを示しています。グリーン成長は非常に低いGDP成長率、つまり年間1%未満で達成できると期待するのが合理的です。


(4) CO2排出削減と経済成長
資源使用と異なり、CO2排出削減と経済成長の相対的な分離(デカップリング)の長期傾向は認められ、CO2排出実質ゼロ達成が可能であることが知られています。幸せの国ブータンとアマゾン熱帯雨林に隣接するスリナムは排出量実質ゼロであると言われ、スウェーデンはEUで実質ゼロに最も近い国です。但しスウェーデンは、温室効果ガス削減に熱心であることは否定しませんが、実質ゼロに近いのは人口密度が極めて低いためで、他国が真似できるわけではありません。

気候変動に関して「グリーン」であるためには、CO2排出量を減らすだけでなく、世界の累積排出量が一定限度を超えないことが必要です。気温上昇を1.5℃に抑制するには、2050年までに排出量実質ゼロを達成することが必要になります。世界が経済成長しつつ、それを達成できるかがグリーン成長の問題になります。

Figure 4. (a)には、2006年から2016年までの米国とEU28のCO2排出量の減少を、Teritorialベース(CO2の発生場所べースの集計)とConsumptionベース(輸入品の生産・輸送過程のCO2排出を考慮)の両面で示しています。多くの高所得国では経済成長が続いているにもかかわらず、21世紀にCO2排出量が減少しています。一方、中国の排出量は2014年から2016年の間にわずかに減少し、2017年に再び増加しました。発展途上国は、GDP成長よりも遅い速度ですがCO2排出量は増加を続けています。

世界レベルではFigure 4.(b) に示すように、CO2排出量は着実に増加しており、景気後退の時期にのみ減少しています。



全体として、世界の炭素生産性(GDP/CO2)は向上しています。世界銀行のデータによると、炭素生産性は1960年から2000年にかけて着実に向上し、脱炭素化の進展は年間平均1.28%の割合となっています。しかし、2000年から2014年にかけて、炭素生産性の改善は見られません。21世紀に脱炭素化は鈍化しており、1970年から2000年までの年平均1.91%から、2000年から2014年までの年率1.61%に低下しています。

ところで、IPCCのAR5には、2℃未満にとどまる可能性が最も高い代表的な濃度経路RCP2.6(2100年に約450 ppm CO2-eq)と一致する116の緩和シナリオが含まれています。これらのシナリオは全て、世界のGDPが上昇し続けている間に、世界の気温を安定させるという点でグリーン成長シナリオです。但し、AR5はこれらのシナリオは「通常、大気中の温室効果ガス濃度の一時的なオーバーシュート(多くは約500ppm CO2-eq)を伴い」、「通常、大気中からの炭素回収貯留(BECCS)の利用可能性と広範な展開に依存している」と記載しており、その可用性と規模は不確実で、課題とリスクに関連していると警告しています(Climate Change 2014 Synthesis Report, 23頁)。

BECCSは、バイオマスを燃料とする火力発電などで、排出されるCO2を分離回収し地下貯留(CCS)することで、大気中のCO2を回収除去したと見做されます。BECCSに依存することで21世紀後半に大気中の炭素を削減できると仮定すれば、はるかに多くの排出量を許容できることになります。しかし、このような「負の排出技術」が経済的に実行可能であるか証明されたことではありません。AR5シナリオで想定されるバイオマスの必要規模は、インドの2〜3倍の広さのプランテーションを必要とし、土地の利用可能性や食料生産との競合などに疑問を投げかけます。BECCSは依然として投機的な技術であるとの指摘があります。

BECCSを使用しなければ、世界の排出量を、気温上昇1.5℃の場合は2050年までに、2℃の場合は2075年までに正味ゼロにする必要があります。排出量正味ゼロは理論的には、(a)化石燃料の燃焼からの排出を排除するために100%再生可能エネルギーに急速にシフトすること。(b)土地利用の変化からの排出を排除するための植林と土壌再生。(c)セメント、鉄鋼、プラスチックの生産からの排出を排除する代替産業プロセスへの移行、により達成できます。しかし、問題はこれら全てを十分迅速に達成できるかです。

BECCSに依存せず、世界の経済成長がある場合について、環境を考慮した経済モデルによる多数の実証研究が行われていますが、次のように結論付けられています。

CO2排出から経済成長を絶対的に分離することは可能で、一部の地域ではすでに起こっています。しかし、世界の継続的な経済成長のもとで、2050年までに気温上昇を1.5℃に抑制できる可能性は低いことを実証データが示しています。経済成長はエネルギー需要を増加させ、再生可能エネルギーへの移行をより困難にし、土地利用の変化と産業プロセスからの排出を増加させるためです。

パリ協定の制約内でグリーン成長を予測する経済モデルは、実証されていないか、BECCSなどの負の排出技術に大きく依存するものです。BECCSの技術がなければ、脱炭素化の速度は、積極的な気候変動の緩和政策があっても大幅に遅くなります。

但し、モデル研究で経済成長率を調整すると、結論は多少変わります。引用したすべての研究は、世界のGDP成長率を年間2〜3パーセントと予測しています。しかし、より低い経済成長率では、1.5℃を達成するために必要な脱炭素化率は低くなります。

0%の経済成長率では、気温上昇1.5°Cの場合には年に6.8%、2°Cの場合には4%の脱炭素化が必要です。世界規模で6.8%の脱炭素化率を達成できるという経験的証拠はありませんが、4%はほぼ到達可能です。言い換えれば、成長率がゼロに非常に近く、緩和がすぐに開始される場合、可能な限り最も積極的な緩和政策で、2°Cの気温上昇でグリーン成長を達成することは経験的に実現可能です。しかし、1.5 ℃の気温上昇に沿った排出削減は、脱成長シナリオを除いて、経験的に実現可能ではありません。


以上、多数の研究をレビーしている同報告書は、①継続的な経済成長を背景に、資源利用からの絶対的な分離が世界規模で達成できるという経験的証拠はなく、②楽観的な政策条件の下でも、CO2排出からの絶対的な分離が、1.5℃または2℃を超える地球温暖化を防ぐ十分に速い速度で達成される可能性は非常に低い、と要約しています。関心がある方は報告書本文を参照下さい。以下に筆者の考えを記載しました。

解説:グリーン成長、環境と経済成長の両立は可能か(その2)」に続く